下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

下山氏の病歴

運転局人事係をやっていた当時、神経衰弱に罹ったことがある。(『資料・下山事件』p316)

北海道釧路の鉄道に勤めていた頃、宴会の席で酒を飲んで吐血し入院した。(『資料・下山事件』p428)

昭和10年頃、下山氏は神経衰弱による不眠からカルモチンを飲みすぎ、3週間ほど入院したことがあった。このときの病名は胃腸疾患であったが、自殺未遂などのときはそんな病名をつけるのが慣例であった。医師によってはカルモチンの飲みすぎは自殺未遂とみなす。これが自殺未遂なのか、間違えて薬を飲みすぎたのかは定かではないが、当時の新聞には「自殺を図った」と載った模様。(『下山事件全研究』p181、607‐608、『下山総裁怪死事件』p76-77、『資料・下山事件』p302)

昭和17年、技術院課長時代に疲労からくる胃潰瘍で約一ヶ月入院。(『下山事件全研究』p608、『資料・下山事件』p302、473)

昭和24年6月には東京鉄道病院に計5回通い、疲労回復のためのビタミン・ブドウ糖注射や、胃薬、睡眠薬(ブロバリン)を処方されている。(『下山事件全研究』p605、『資料・下山事件』p304)



 下山氏は幼い頃から胃酸過多で悩み、職を得てからも仕事がうまくいかなかったりして悩むと胃を悪くしたようです。昭和24年6月には鉄道病院で何度も睡眠薬のブロバリンを処方されていますが、普通0.3グラム入り一包みで十分で、不眠が酷くなってくると0.5グラムくらい必要になるようです。処方された薬の量を見てみると、下山氏は6月末には1日1グラムを飲んでいた計算になります(『刑事一代』p225-226、『真実を追う』p231、『生体轢断』p204)。「下山白書」などには載っていないので確定的な事実か分かりませんが、7月4日にもカルモチン25g(致死量は8g)を処方してもらっていたという毎日新聞の記事もあります(『下山事件全研究』p181、『資料・下山事件』p76-77)。
  1. 2008/03/31(月) |
  2. 下山氏の精神状態
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失踪前の下山氏の行動

 おなじみのものが多いとは思いますが、失踪前に下山氏の精神が動揺していたことを示唆する事実を列挙します。


田中警視庁総監に「従業員の妻君や子供たちから何十通となく手紙が来るんだ。とても気のどくで、最後まで読む気がしないんだ」と悩みを打ち明け、その後、官邸の廊下で田中氏に会った時も、眼に涙を浮かべて「弱ったよ」と語っていた。(『資料・下山事件』p496)

「このごろは眠れなくて困る」といい睡眠剤を常用していた。毎日多数の反対の嘆願状や脅迫状などが配達されてかなり神経は高ぶっていた。(『資料・下山事件』p52)

整理問題が進んで来るにつれて憔悴するようになって来た。(『資料・下山事件』p314)

日ごろ几帳面に書き込まれていた手帳は6月28日の「エーミスに叱られる 決裂のチャンスをつかめといわれた」というやや斜めの乱れた文字を最後に、それ以降は白紙。28日には民政部労働課長エーミスに人員整理の遅れを相当こっぴどく叱責された模様。(『下山事件全研究』p597、『真実を追う』p232)

失踪1週間ほど前の国鉄本社内での会議中にアイスキャンディーがが配られた。下山氏はその溶けかかったアイスキャンディーを「…に持って帰ってやるんだよ」と小さく呟きながら上着のポケットの中に入れた。誰の名か聞き取れなかったが、その場にいた国鉄幹部たちはその行為に唖然とした。(『封印されていた文書 Part1』p435)

失踪2、3日前に寄った料亭ではちょっとした音にも驚いたり、少し食べては考え込んだりで様子が普通ではなく、女中は女将に「あの人から目を離さぬように」と言われるほどだった。(『真実を追う』p232-233、『生体れき断』p220)

7月2日の交渉に出席した組合員は、下山氏が何かに怯えているように落ち着きのない態度だったと述べている。(『下山事件全研究』p596、『下山・三鷹・松川事件と日本共産党』p96)

7月2日には増田甲子七官房長官に整理予定者について虚偽の報告をする。(『下山事件全研究』p606、『下山・三鷹・松川事件と日本共産党』p96-97、『生体れき断』p213-214)

7月3日の人員整理の打ち合わせ会議のときも態度がいつもとは違い、国鉄幹部同士で「総裁を少し休ませなければ」と話し合った。(『真実を追う』p234)

会議の席上で手が震えるためコーヒー茶わんを両手で持った。(『資料・下山事件』p52)

7月4日(失踪前日)の行動
・12時少し過ぎ、首相官邸の増田甲子七官房長官の元を訪れた後、二人で吉田首相に行くも会議があるという嘘の理由で会わずに帰る(国鉄に帰った際は、幹部に「首相に会ってきた」と嘘をつく)。
・14時前頃人事院に来るも誰とも会わずに帰る。
・15時前に国鉄本社に戻るもすぐにまた出る。
・来客と会談中だった警視総監田中栄一氏ととりとめのない会話をして5、6分で帰る。
・15時半頃法務庁柳川氏を訪問し、いきなり電話を借りてから5、6分雑談して帰る。
・16時頃、再び首相官邸に赴くもおそらく誰とも会わずに出る。
・17時過ぎレールウェイ・クラブに来て、運輸局保安課長から団体交渉や整理状況の報告をされても、いつもは数字等に細かいのに何も言わず、普段と様子が違った。
・東京駅構内の鉄道公安局長室では、お茶はいらないと言いながらも公安局長のお茶(局長が既に口を付けていた)を飲んでしまったり、アイスクリームもいらないと断っておきながら、少しの間席を立っていて不在だった職員のテーブルに置いてあったアイスクリームをボタボタと服にこぼしつつ食べてしまった。その後新聞を読みながら、知っているはずの国鉄人員整理の記事を見て驚く。
・レールウェイクラブに戻るがすぐ本社に向かい、またすぐに戻ってくる。7時過ぎに夕食をとった後8時に本社に帰り、10時前に帰宅するため車で出る。
(『下山事件全研究』p38-39、80-83、597、606、『下山・三鷹・松川事件と日本共産党』p89-92、『資料・下山事件』p306、307、308、434、『真実を追う』p234-241、『生体れき断』p49、220-225)

7月5日の失踪直前の専属運転手への不可解な運転指示。
(『下山事件全研究』、『資料・下山事件』、『真実を追う』、『生体れき断』)


なお、事件後、直属の上司だった大屋運輸大臣は「あれは自殺だよ」と述べています(『増田甲子七回想録 吉田時代と私』p141)。
  1. 2008/03/30(日) |
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