下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

法医学論争(4) 秋谷七郎教授のpH時間測定法による死後経過時間の推定

 東大裁判化学教室教授、秋谷七郎氏が取り組んでいたpH値を死後経過時間の推定に応用するというアイディアは、当時非常に画期的なものでした。死後経過時間の推定は、様々な死後現象の確認、医学的知識、および経験にもとづいて総合的になされます。言いかえると、どのケースにも当てはまるような基準はなく、医師の力量に大きく依存しているということです。pH時間測定法は、同じ手続きをふめば誰もが同じ結果を得られるという、死亡時刻推定のための正確な物差しなのです。管理者のような素人が考えてもこの方法の重要性は容易に理解できます。古畑氏曰く、pH時間測定法の判定誤差は20分以内だそうで、これは現代の法医学の水準から考えても驚くべき精度だと言えるでしょう。では以下にこの方法の簡単な説明と、測定結果を記述してみます。

 死後の筋肉の化学的変化を指標として、死後経過時間の推定に応用したのが秋谷氏のpH時間測定法です。この方法ではまず実験動物(モルモット)の筋肉を実験試料として、任意の時間間隔でpH値を測定します。次に縦軸をpH値、横軸を時間としてプロットし、標準曲線を求めます(pH時間曲線)。大事なのは実験動物を使っており死亡時刻がはっきりとしているといるため、死亡後のpH値の時間的変化が正確に得られるということです。この標準曲線は、死後のpH値の変化を示すいわば「理想的な曲線」であり、これが常に「基準」となります。

 では次にいつ死亡したのか分からない死体の死亡時刻の推定方法の説明に移ります。まず死亡時刻が明らかでない死体の筋肉を使って、標準曲線を求めたときと同じようにpH時間曲線をえがきます。次にその曲線を標準曲線と重ね合わせて最もよくフィットすると思われる位置を決めます。そして死亡時刻不明の死体の筋肉のpH値の測定開始点を標準曲線座標上の時間軸で読み取ります。その時刻が15時間目であったとすると、その死体は測定開始時より15時間前に死亡したと推定されるのです。



pH curve

pH時間曲線(『下山事件全研究』の図を参考に作成)

 秋谷氏は当時最新のpH時間測定法を下山事件で「初めて人間に応用」し、総裁の死亡時刻を推定しています。推定時刻は以下のように何回か変更されました。

「5日の午後9時頃から同11時の間」(昭和24年7月9日、朝日)
「6日の午前0時の前後1時間ずつの間」(昭和24年7月23日、毎日)
「(5日夜)11時-12時」(昭和24年7月31日、朝日)
「『(5日夜)11時から12時』より前」(昭和25年4月28日、朝日)

 いずれにせよ、列車が通過した6日0時20分前後よりも早い時刻に死亡していたであろうことが、当時最新の科学的方法によって推定されたのです。死後轢断という司法解剖の結果とも合致しました。秋谷氏は昭和24年7月14日付けの読売新聞で「下山氏ははっきり他殺だと自信をもっていえます」と述べています。測定結果に自信があったのでしょう、秋谷氏は古畑氏よりもかなり大胆な発言をしています。



pH時間測定法による死亡時刻推定の最終結論は「(5日夜)11時から12時より前」だと思うのですが、矢田喜美雄著 『謀殺 下山事件』(新風舎)では「五日二十一時三十分ころ」で「轢断される三時間以上も前だった」としています(p97)。柴田哲孝著 『下山事件 最後の証言(増補完全版)』(祥伝社)でも「五日二十一時三○分を中心に前後二時間以内(すなわち八六九列車に轢かれる三時間近く前)と確認された」と書かれています(p102)。もしかしたら更にもう一度訂正されて新たな結論がどこかで発表されたのかもしれません。ここらへんは管理者も自信がないのでソースを探しています。桑島氏は司法解剖の結果、死亡時刻を5日9時30分前後2時間としています。

※※
「事件関係ブログ」さんに教えていただきました。上記のpH時間測定法による死亡推定時刻は「昭和39年6月26日 衆議院法務委員会議事録」のもののようです。衆議院法務委員会議事録については事件関係ブログさんの下山事件: 「秋谷鑑定」 その6をご覧ください。Web上で読むことができます。どうもありがとうございました。




【参考文献】
佐藤一著 『下山事件全研究』(時事通信社)
  1. 2007/12/09(日) |
  2. 法医学論争
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

矢田・柴田両氏の記述は、おそらく昭和39年6月26日の衆議院法務委員会議事録に基づくものでしょう。当該議事録に、
<blockquote>なお、秋谷鑑定書によりますと、死亡時刻は「下山氏の心臓の搏動の停止した時刻は、本鑑定人の測定法の結束では、七月五日午後九時半となったが、この時刻を中心に、前後二時間ずつの誤差を考えに入れると、同日午後七時半から同二時半頃までの間となる。」</blockquote>
とありますので、この時刻推定は桑島鑑定ではなく秋谷鑑定によるものと思います。(なお、上記は議事録の表記のママ。「結束」は「結果」、「二時半」は「一一時半」のミスタイプだと思われます)
  1. 2007/12/14(金)
  2. URL |
  3. 事件関係ブログ管理人 #-
  4. [ 編集]

教えていただいてありがとうございます。自分も調べてみます。
  1. 2007/12/14(金)
  2. URL |
  3. 管理者 #-
  4. [ 編集]

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