この話題もやはりおなじみかもしれませんが、とりあえず。
下山夫人の実家は裕福で、そこから援助を受けながら下山家は女中を二人雇ってかなり豪奢な生活をしていた時期もあったようです。しかし終戦の年になって夫人の実家が戦災にあい、その後夫人の父親が病没すると今度は逆に母親を扶養しなければならない状況になってしまいました。大学在学中の長男と次男、高校の三男、中学の四男の4人の子供も養わなければならず、豊かな生活から一転、毎月約1万円の赤字が出るようになり(昭和24年の大卒の銀行初任給は3000円とのこと)、運輸次官、国鉄総裁という高い地位に似合わず、株、衣類、じゅうたんなどを売りながらの苦しい生活だったようです。実際知人には生活が苦しいと漏らしていました(『資料・下山事件』p483)。待遇のいい私鉄への転職や参議院選出馬を考えていたのもこの経済状況が大きく関係していると思われます(『下山事件全研究』p170、610、『生体れき断』p203-204)。
センセーショナルに報道されて様々な憶測が飛びかった下山事件の結論が自殺で、その原因のひとつが経済的困窮だったかもしれない、というのはあまりにも地味すぎて満足する人はいないかもしれませんが、事実は単純である可能性も十分にあるのではないかと思ったりもします。
- 2008/04/02(水) |
- 下山氏の精神状態
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そういえば、下山総裁は生命保険には入っていたんでしょうか。
また、入っていたとすると保険金は下りたんでしょうか。
その辺に関して記述がある本がちょっと思い出せないのですが…。
経済面を考慮すると、「他殺を装いつつ自殺する」一つの動機として「生命保険」も想定できるのではないかと思います。
例の麻生幾さんの本を読み直したところ、平塚八兵衛と須藤部長刑事が下山家を訪問した際に、庭で紙か何かを燃やした跡を見たこと、夫人の言葉(「高木さんのようにならなければいいのですが…」と併せて、遺書を燃やしたのではないかと思ったという話がありました。勘ぐれば、自殺という証拠が残ると生命保険の審査が下りにくくなることを怖れて、遺書の中で下山総裁が「この遺書は読んだら燃やすように」などと指示していた、ということも考えられますね。
まあ、それは完全に妄想に近い世界ですが、下山総裁の生命保険の状況はマジメな話として気になります。
- 2008/04/02(水)
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- 事件関係ブログ管理人 #mQop/nM.
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面白いコメントありがとうございます。生命保険については全く考えたことありませんでした。
生命保険について言及している資料についても私は今のところ知りません。
下山白書に一言くらいなにか書いてあってもよさそうなものですが、無かったように思います。
下山家の経済状態についていろいろ書いている本にも生命保険のことはノータッチですね。なんでなんでしょうね。
戦後初の保険金殺人(新潟毒殺保険金殺人事件)が昭和24年だったようで、
この頃は保険会社を騙してお金を取るという 発想自体が珍しかったのかもしれません。
あまり詳しくないのでなんともいえませんが。
いずれにせよ、生命保険に加入していたのか興味あるところですね。
資料を見つけたらそれをネタに何か書いてみます。
- 2008/04/02(水)
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