アンザッツ・ブルートゥング(Ansatzblutung)という聞き慣れない言葉は何かというと、
「法医学論争(12) 死後轢断鑑定の妥当性の検討−その3 現代の法医学から見た下山事件」で簡単に触れた「筋線維と骨との附着部における出血」を意味するドイツ語です。明確な生活反応に乏しい轢死体ですが、アンザッツ・ブルートゥングが認められれば生体轢断だと考えてもよいようです。管理者がこの言葉を知ったのは、『法医学のミステリー(文庫版)』(中央公論社)という文献でした(ひとつの章が下山事件に割かれています)。著者の渡辺孚氏は古畑氏の元で学んだ法医学者です。
「法医学論争(12) 死後轢断鑑定の妥当性の検討−その3 現代の法医学から見た下山事件」の記事を書いたときには未読でしたが、この『法医学のミステリー』という文献に、東大法医学教室が下山氏の司法解剖の際にアンザッツ・ブルートゥングの有無を調べたのかどうか、そのヒントが次のようなエピソードとともに書かれていました。
古畑氏の後を継いで東大法医学教室の教授になる上野正吉氏(当時北大)が昭和26年の日本法医学会での講演中に、それを聴いていた中館氏に壇上から「あなたはアンザッツ・ブルートゥングをご存知ですか?」と質問したのだそうです(演者が壇上から聴衆に質問するのは珍しいとのこと)。中館氏はどうやら知らない様子で、上野氏としては「アンザッツ・ブルートゥングも知らずに新聞記者相手に自殺説をぶつのはけしからん」という気持ちだったようです。しかし、知らなかったのは東大も同じようで、下山氏の司法解剖では調べられなかったらしいのです。中館氏も知らず、東大でも調べなかったアンザッツ・ブルートゥングは、轢死の法医学が未成熟だった当時の日本の法医学者には浸透しきっていない概念だったのでしょう。
読んでみると著者の渡辺氏の下山事件に対する態度は、自他殺不明か、もしくはやや他殺説に近いと思われますが(法医学ではなく、矢田喜美雄氏や松本清張氏らの情報を元に)、少なくとも東大の法医学鑑定に関しては次のようにはっきりと意見を述べています。
…(略)根拠の弱い理由によって、死後轢断の結論を出している。明らかに傷口からもっと内部の検査をしていないことが、この発表の仕方によって歴然とする。本来は轢断が死後のものであることが積極的に証明されて、しかる後に死因は何かの追求に進むのだが、死後轢断そのものの証明はできていない。(p160)
…(東大法医学教室教授就任後も一貫して自他殺について明確な判断を下すことを控えた上野氏の姿勢について)当時の東大における解剖検査が十分にされずに、死後轢断の結論が出されて、その結論にまで導く大切な部分の論理に無理があるというふうに受け取れる。(中略)到底自殺したとは考えられない、という先入観に強く左右されたために、検査そのものが杜撰と言われても仕方がないような結末になったのではないか、というふうにも受け取れる。(p164)
もし古畑教授をはじめ東大勢に、死後轢断の学問的根拠が十二分にあって、自信をもって内外に主張することができるなら、陰でぶすぶす言うのではなく、警視庁のこの結論(※自殺という結論のこと)に対して、なぜ堂々と論ばくすることをしなかったのか。学問上のむずかしいことを知らない一般の人たちも、当然こうした疑問を抱いたに違いない。(p167)
- 2008/03/09(日) |
- 法医学論争
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