下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

平成三部作のこと

 下山事件の論争点と言うと、法医学鑑定、油、血痕、染料などがまず思い浮かぶ方が多いと思います。当ブログ管理人も法医学論争から入ろうかと思っていたのですが、まずは平成三部作(『下山事件 最後の証言』、『葬られた夏 追跡下山事件』、『シモヤマ・ケース』)の問題点を挙げることから始めることにします。ブログ全体の構成からいくと、あまり良くないとも思ったのですが、法医学鑑定等の論争点を詳しく紹介していると、それだけでかなりの時間をくってしまい、なかなか平成三部作の話にまでたどり着けないのではないかと思ったので、最初にもってくることにしました。

 平成三部作は確かに面白く興味深い考察がなされています。まるで小説のようにスリリングで読者を飽きさせません。下山事件に興味のある方、推理小説好きな方は必読でしょう。面白さは保障します。また、平成三部作は下山事件が半世紀以上経った今もなぜ忘れ去られることがないのか、その理由のひとつを我々に教えてくれているのです。とりあえず最も気になる問題点を指摘することから始めましょう。

 平成三部作の売りのひとつは、末広旅館の女将NFの夫NSが元警察関係者だったという「新情報」を得たことだと管理者は思っていました。もともとは『葬られた夏 追跡下山事件』の著者、諸永裕司氏が元捜査一課の刑事、金井岩雄氏から聞きだした情報です。その部分を引用します(『葬られた夏 追跡下山事件(文庫版)』(朝日新聞社)p178 )。

 また、亡くなってから十七年になる夫のSについて、捜査一課の数少ない生き残りの刑事である金井は雑談の中で意外なことを漏らしていた。
「最初に通報してきたのは末広旅館の旦那だったけど、このNSっていう男は偶然にも私の先輩でね。警察に入って間もないころ、麻布鳥居坂署で一緒だったんだ。そのとき、(関口由三・捜査一課)主任も顔見知りだった。元特高の警察官なんだよ」
 新情報だった。第一通報者で疑惑の証言をした末広旅館の女将の夫が捜査一課員と旧知の間柄だったことになる。
 やはり、自殺説は仕組まれていたのだろうか。


 次に柴田哲孝氏の著作から引用してみましょう(『下山事件 最後の証言(増補完全版)』(祥伝社)p173)。

 いったいこれはどういうことだ? 末広旅館の夫婦は亜細亜産業と関係があっただけでなく、自殺論を展開する捜査一課の現場責任者とも旧知の仲だったということになる。
 NSと「顔見知りだった」とされる関口由三は、警視庁を退職後の昭和四十五年、『真実を問う 下山事件捜査官の記録』を サンケイ新聞社から発表している。この本は、もちろん捜査一課の見解を主張する“自殺論”だ。その中で関口は末広旅館について触れ、 NSについて「経歴から見ても対談しても、りっぱな人であった」と評しているが、「知り合いだった」とは一言も書いていない。ちなみに、 NFの調書を作成したのも、関口由三である―――。


 では最後に末広旅館の女将の夫と旧知の仲だったという捜査一課関口由三主任の著書を見てみましょう(『真実を追う 下山事件捜査官の記録』(産経新聞社)p109-110)。

 同日、主人のNSさんの調書も作成している。その内容の要点は、
 大正十年警視庁巡査を拝命、鳥居坂警察署勤務、交通、特高係りをやる。父NS(※イニシャルにすると同じになります、管理者注)は警視庁剣道師範で芝三田で道場を開いて いたので、その助教をしていた。父が死亡し恩給もついていたので、昭和八年五月三日辞めて向島吾嬬町の合資会社前田鉄工所支配人 となり、昭和二十年三月辞め、現在は株式会社日本リヤカー工場の監査役をして、妻名義で旅館を経営している。下山総裁に似た人が 休まれたことを初め三男のS君が気づき、家内もほんとに間違いないということで、届け出たものである。人に依頼されたり虚偽のことを 申し上げたのではなく、私も妻もそんな人間ではない。
 と証言している。経歴から見ても対談しても、りっぱな人であった。


 確かに諸永氏も柴田氏も嘘や間違ったことは書いていません。関口氏は「知り合いだった」とは一言も書いていないわけですから。その意味で新情報は新情報なんでしょう。しかし昭和45年に関口氏が自らの著書の中でNS氏が元警察関係者だと明らかにしている事実を鑑みると、「知り合いだった」という情報にどれほどの意味があるのか疑問になってきます(柴田氏は、著書の中盤以降では知り合いだったことよりもむしろ特高上がりだったという事実のほうを強調しています〔「NFの夫は特高上がりだった」p348〕)。しかも、このことを書いたのは関口氏が初めてではありませんでした。既に昭和39年に平正一氏が著書『生体れき断』(毎日学生出版社)の中でNS氏が警視庁に入り、まもなく特高係となったことを書いているのです(p94)。つまりNS氏が元警察関係者だったということは随分昔から周知の事実だったわけです。そもそもNS氏と関口氏が知り合いだったという情報は、金井氏が雑談中に諸永氏に話したのであって、警察側としては隠す必要はなかったのでしょう。末広旅館と警察のつながりに陰謀論的な意味を見出すのは間違いと見るのが妥当といえるのではないでしょうか。

 興味深いのは森達也氏は柴田・諸永両氏とはまったく別の方法で同じ情報に辿り着いているということです。彼は末広旅館跡地の隣で不動産業を営むNS氏の後妻の女性に直接インタビューして、NS氏が刑事たちと知り合いだったこと、元憲兵隊だったことを聞き出しています(『シモヤマ・ケース(文庫版)』p311-312)。後妻の女性はやけに記憶力が良く、NS氏の知り合いの刑事たちは捜査二課ではなく、みな捜査一課に所属していたと述べています。森氏自身がこの話を聞いて相当驚いている様子が書かれていますので、そのときまでに関口氏、平氏の文献は読んでいなかったのでしょう(『生体れき断』という文献が出版されていること自体は知っており、しかもそれを読んでいると思われるような書き方をしてはいますが。文庫版p57、70)。なお、諸永氏も『生体れき断』は読んでいるようですし(『葬られた夏(文庫版)』p150、157)、柴田氏も同様です(『下山事件 最後の証言(増補完全版)』p182)。

 長くなってしまったので、最後に諸永氏の言葉を引用して今回は終わります(『葬られた夏 追跡下山事件(文庫版)』p232)。

何が起きたのかをきちんと聞き出し、記録することが仕事じゃないか。



「末広旅館の主人NS氏」「諸永裕司氏のこと」「『下山事件の謎を解く』 堂場肇(著) 六興出版社」「三大新聞社と下山事件報道」の「下山事件をめぐって」という週刊朝日の記事、および事件関係ブログさんの「下山事件: 諸永裕司氏のレトリック その2」もご参照ください。
  1. 2007/12/09(日) |
  2. 平成三部作
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