死後轢断という鑑定結果の妥当性を検討する前に、桑島氏のショック死説と古畑氏の失血死説(
法医学論争(7) 古畑氏の失血死説)を比較してみます。
桑島氏がショックを死因として挙げた根拠は大雑把に言って(1)轢断部に生活反応が認められなかった(したがって死後轢断)、(2)局所周辺に生活反応が認められた、という2点です。「死因としてのショック」の妥当性の検討は次回に譲るとして、解剖所見に基づいた判断であり筋が通っているといえます。
では古畑氏が失血死説を唱えた根拠を見ていきましょう。やはり桑島氏と同じようにまず最初に「生活反応の有無」を生体轢断か死後轢断かの最も重要な判断材料とし、下山氏の死体の轢断面がそれを欠いていたため死後轢断と判定しています(『資料・下山事件』p208)。次に失血死の根拠として古畑氏が挙げたのは、(1)死斑が通常の死体より少なく、死体の血液量が少ないと考えられた、(2)轢断現場に血がなかった、(3)衣服にも血痕がなかった、の3つです(『下山事件全研究』p236-238、242)。古畑氏はさらに右肩の轢断部を出血部位だと具体的に推定しています。(局所周辺の生活反応については桑島氏と同じく蹴り上げで生じたとしていますが、古畑氏はそれがショック死につながったとは考えていません)
これら3つの根拠は失血死を示唆するいわば状況証拠のようなものです。失血死を死因とするならやはり解剖所見が最重要視されます(古畑氏自身も著書でそう述べているそうです。『下山事件全研究』p293)。下山氏の体重を72-75キロ前後とすると失血死するには約2リットルの血液が流出しなければならず、相当はっきりとした損傷が体のどこかにあったはずです。
しかし実際は
「法医学論争(3) 桑島直樹講師による司法解剖」で述べたように、皮下出血を除いては、全身のどこの皮膚にも生前に出来たと思われる傷はなかったのです。桑島氏は下山事件研究会に招かれて証言した際、失血死説について次のように述べています(下山事件研究会編 『資料・下山事件』(みすず書房)。
p225-226
よく下山さんの死因に関係いたしまして、血を抜いて殺したのではないか。そしてその血を抜いたあとがこの右手の腋の辺であって、それをちょうど汽車に轢かせてわからなくしたために、死因が不明ではないかと、いう疑問を持たれる方があるかと思いますが、とれた右手を肩の傷につなぎ合わせますと、ぴったりとつくわけでございまして、出血死を考えられる方は、こういうところの写真も詳細に研究されたらばと思うのでございます。
p234
おまえは出血のあったのを見落としたのだろうという人があるかもわかりません。けれどもさっき申しましたように私としては十分綿密に検査をやりましたので見落としは絶対にないと信じています。
「おまえは出血のあったのを見落としたのだろうという人」とはおそらく古畑氏でしょう。『下山事件全研究』の著者、佐藤一氏はこの証言を直に聞いていたそうですが、桑島氏が失血死説について語るとき、口調は挑戦的になったといいます。それはさておき、桑島氏は自ら解剖し「これ以上綿密な検査は出来ないというところまで」やっており、仮定の上に成り立っているにすぎない失血死説よりはるかに説得力があるといえます。実際古畑氏は「疑いで証明していませんから、なんともわかりませんけれども」と自説の根拠の薄弱さを認めています(『資料・下山事件』p212)。
桑島氏が失血死説を否定する根拠はさらにもうひとつありました。もし失血死なら「全身のどこでも一様に血量が少なくなっている」はずなのに肺臓には血液が多かったことです。失血死説ではこの事実を説明できないのです。筋肉や肝臓に血液が少なかったのは、轢断時に列車と地面の間で体が回転し遠心力によって血液が体外に出たのだろうと推測しています(『資料・下山事件』p237。監察医の八十島氏も死斑が見られなかった理由として桑島氏と同じ推測をしています。法医学者として妥当な判断なのだと思われます)。また、線路の上には体内から出た血液は全部あるはずだが非常に広い範囲に飛び散る上に雨の影響もあり、調べにくいとも述べています。この桑島氏の証言は、バラスを掘り起こして血液反応を調べたが強い反応はなかったという古畑氏の調査結果(もしくはそこから導き出された「線路上に血液はなかった」という結論)を否定するものといえるでしょう。
では雨の影響を受けない列車の底面はどうだったのかというと、轢死現場や列車の検査に慣れた国鉄関係者でも「稀に見るほどの多量の血痕」が付着していたそうです。また線路上の血についても他殺説の文献ではあたかも血液がほとんどなかったかのように書かれていますが、現場検証の際には大雨の後にもかかわらず目視でさえ相当数の血痕が見つかったとのことです。これらの事実を踏まえると、古畑説の根拠のひとつ「轢断現場に血がなかった」という認識自体の妥当性が疑われます。(※「線路上には血液がほとんどなかった」と他殺説の文献では紹介されていますが、これは強調されすぎているか歪曲されているように管理者には思われます。例えば、顔面や胴体があった場所の下には血液がなかったというのは(『下山事件 最後の証言(増補完全版)』p97)、その場所に行くまでにあらかた血液が遠心力で体外に出てしまっているはずですのでまったく不自然ではありません。しかも「顔面や胴体の下に血液がなかった」からといって「線路上に血液がなかった」ということにはなりません。また体内に血液が少なかったことも損傷の激しい轢死体にはよくあることで、「奇妙なこと」(『シモヤマ・ケース(文庫版)』p54)ではないのです。
最後に「衣服にも血痕がなかった」かどうかを検討してみましょう。これもやはり捜査官や鑑識課員によると量の多少は不明なものの、血痕が付着していたという記憶及び記録があるようです。線路と列車の底面に多量の血液があったのですから当然でしょう。
管理者の個人的感想を述べますと、桑島氏の鑑定を無視し、著書等で繰り返し失血死説を唱えるという古畑氏の行動にはどうしても疑問を抱かざるを得ません。生活反応の有無から死後轢断を主張するのは分かるのですが、失血死説はまったく理解できません。
以上に述べたように古畑氏の失血死説には否定的な材料こそあれ、確たる根拠は一切ないことがはっきりしました。次回の東大鑑定の妥当性の検討では桑島説(ショック死説)のみを取り上げます。
- 2007/12/14(金) |
- 法医学論争
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コメントどうもありがとうございます。
サイトを少し拝見させていただきましたが、綿密で素晴らしいサイトですね。本当に参考になります。
それに比べてうちは恥ずかしい・・・。
しょぼいブログですが、地道に更新していきます。今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
- 2007/12/17(月)
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