下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

末広旅館女将NFさんの記憶について

 他殺説の文献では、末広旅館女将NFさんの「下山氏らしき人物」についての記憶が「鮮明すぎる」という理由で、その証言の信憑性に疑問符が投げかけられています(『下山事件 最後の証言(増補完全版)』p370、『葬られた夏(文庫版)』p176)。確かに彼女の証言は、人相、服装、癖に至るまで、かなり細かいところまで詳細に「下山氏らしき人物」の特徴を捉えています。今回は自殺説の立場から、どうして彼女が紳士のことをよく覚えていたのかを考えてみたいと思います。

 他の目撃現場に比べ、五反野周辺にはNFさんをはじめとして多くの目撃者がいました。それは轢断現場周辺を長時間に渡ってその人物が徘徊した、というのもひとつの理由だろうと思いますが、もうひとつ大事な理由として、当時の五反野には場違いなほどの身なりがきちんとした紳士だったということが挙げられるでしょう。NFさんを含む五反野での多くの目撃者が同様の印象を受けています。要するに、下山氏は五反野では道を歩いていても「その他大勢のうちの一人」として埋もれず、目立ってしまう存在だったのです。東京都内とはいえ場末の旅館にそんな立派な紳士がいきなりお客として旅館に来たら、じっくりと観察されて当然でしょうし、NFさんの印象に強く残るのは別段不自然なことではありません。また、その紳士が気前良くチップをはずんだのも強く記憶に残った原因のひとつだと思われます。旅館に入ると彼は二階に上がり出窓のところに腰を下ろして足を組みましたが、そうすると座っていたNFさんの目から1メートルも離れていないところに足先がきたということです。このときの様子について、末広旅館でNFさんから直接説明を受けた『生体れき断』の著者平正一氏は、「靴下の色をはっきりと記憶にとどめていることがなるほどと了解されるような気がした」と述べています(p93)。このようなはっきりとした記憶に基づく証言をしたNFさんが、前日に旅館に来た検察官の服装をよく覚えていなかったのは不自然だという見解もありますが(『葬られた夏(文庫版)』p176)、事件発生後、末広旅館に刑事、検察官、報道関係者など数え切れないほどの人間が入れ替わり立ち代り人が訪れるなか、その検察官はNFさんにとって「その他大勢のうちの一人」に過ぎず、特別記憶には残らなかったのではないでしょうか。

 また、NFさんの記憶は必ずしも全てが正確だったわけでもありません。例えば煙草ですが、紳士が帰った後に吸殻が残っていたかどうか、NFさんはルーチンワークで部屋を掃除して覚えていないのです(「たばこを何本すわれたのか、あるいは一本もすわれなかったのか、全くおぼえはありません。灰皿などはお客さまが帰られるとすぐ掃除をして、つぎのお客さまに備えるものですから……こんな大騒ぎになることがわかっておれば、注意もいたしましたでしょうが……」『生体れき断』p92-93)。紳士が「替え玉」だったと仮定して、証拠を残さないために煙草を吸わなかったのではないか、という考え方もありますが、もし犯人側がその紳士を本物の下山氏だと思わせたいのであれば、誘拐した後の下山氏自身に吸わせた煙草の吸殻を替え玉に持たせ、旅館に置いていかせるなりしたでしょう。下山氏本人に吸わせるのが無理なら、同じA型の人間に吸わせた吸殻でも事足りたはずです。当時の技術では唾液による個人識別は血液型検査くらいでしょうし、煙草に付着するくらいの少量の唾液ならABO式までがせいぜいだと思われます。細かい癖(玄関に腰をおろして靴を履き、紐をきっちりと結ぶ、など)まで周到にチェックした犯人グループが、観察しやすい喫煙という下山氏の習慣について対策を怠るでしょうか。また、もしNFさんが犯人側の人間で偽証していたのであれば、吸殻を残さないにしても、「吸殻は捨ててしまったが紳士は煙草を吸っていた」と証言するほうが目的にかなっているといえます。

 下山氏の癖のひとつに、「右利きなのにもかかわらず、右内ポケットに財布を入れて、左手で取り出す」というものがありますが(『生体れき断』p91)、この点に関しても最初はNFさんはそれほど記憶に自信がありませんでした。昭和24年7月14日付の毎日新聞には次のような記事があります。「旅館主NFさん(四八)は『この点はどうもたしかでないので実際には申し上げませんでした』と前提して下山氏と見られる人物が勘定の際、上衣の右内ポケットから財布を取り出したように記憶すると語ったが、これについて下山氏が東鉄局長時代の運転手ST君は『下山氏は左ききではなかったが財布は右ポケットに入れていた』とこれを認めている」。下山氏が右利きであることを知っていた平正一氏は、最初このNFさんの証言を聞いたときはなにかの間違いだろうと思っていたとのことです(『生体れき断』p91)。

 このように、末広旅館の女将NFさんが旅館を訪れた紳士についてよく記憶していたのはそれなりに理由があり、また、彼女の記憶が不自然で気持ち悪いほどに正確だったというわけでもないといえます。当ブログ管理人は、NFさんの記憶の鮮明度を根拠にして彼女が謀略に関与したと推理するのは、妥当性に欠けると考えます。なお、平成三部作による末広旅館に関する新しい情報に関してですが、1)NFさんの夫が特高出身だったのは事件発生直後から知られており、しかも本人・警察共にそれを隠し立てしていない、2)柴田哲孝氏の母親へのNFさんからの年賀状は実物が残っていないうえに、柴田氏自身の身内の証言である、という理由で私は重要視していません。


 NFさんの証言については、稲毛新聞報道10周年企画 【事件の裏側・連載シリーズ】 「下山事件」の取材記者の裏話(最終回)、下山氏と煙草については、事件関係ブログさんの「下山事件: 諸永裕司氏のレトリック その2」「下山事件: 諸永裕司氏のレトリック その3 下山総裁がタバコを1本も吸わなくなるまで」もご覧ください。

  1. 2008/10/12(日) |
  2. 末広旅館・五反野周辺
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