轢断地点から北千住方面に向って多数の血痕群が発見されていますが、では轢断地点でのルミノール反応はどうだったのでしょうか。よく言われるように、「轢断時には下山氏の体にはほとんど血液がなかった」のなら、轢断地点には広範囲のルミノール反応は出ないのではないかと考えられます。
このことについては、血痕群発見の立役者である朝日新聞の矢田喜美雄氏が、下山事件研究会のインタビューに対して答えています。矢田氏によると、「また、現場には血液が少なかったとよくいわれますが、しかし、轢断点から進行方向にかけて夜ルミノールをかけてみた結果では一目瞭然で、光の海が帯のように続きました。とくに轢断点の二五米の地点には大量出血地点があります」ということのようです(『資料・下山事件』p511-512)。ただ、矢田氏も上記の証言に続いて述べているように、ルミノールは鋭敏な薬品であるため、その反応から直接的に血液の量について云々することはできません。しかし、列車の進行方向の枕木やバラスを十分に覆うほどの出血は「少なくとも」あったと言えるでしょう。反応が広範囲に渡ったということは、それなりの量もあったのではないでしょうか。
- 2008/04/27(日) |
- 血痕
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