下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

血痕の血液型鑑定について

 矢田氏や古畑氏の著書によると、線路の枕木上の微量の試料からABO式のみならずMN式、Q式までいくつかの血痕では明らかになっています(「血痕群の分布状況」参照)。しかし、血痕の血液型の鑑定書を作成した当時東大助手の中野繁氏(「血痕は新しかったのか?」参照)は、血液型判定はABO式くらいまでしかやっておらず、古畑氏の『今だから話そう』の血液型の記述については、誤記でなにかの間違いではないかと述べています(「血痕はだいぶ古いものじゃなかったですかね。…(中略)それに判定も、そんなに詳しいところこまでやらなかったと思いますよ。せいぜいA・B型程度の判定程度」)。AMQ型の血痕が見つかったとされるロープ小屋についても、中野氏は下山氏のものとは違っていたとし(「ロープ小屋の血痕は、たしかに下山さんの血液型とはちがっていましたね」)、野田金次郎氏は、A型までは判明したがその後は量が少なく調べられなかったと述べています。

 警視庁鑑識課の「下山事件臨場表」とによると、A型が検出されたとされていますが、鑑定にあたった平嶋侃一氏は、下山氏の血液型に結びつくという結論が得られたという記憶はないとしています。同じく鑑識課の北豊氏は記憶がおぼろげで、血痕の量が少なかったので人血かどうか判定するのがやっとだったように思うが、臨場表にA型とあるならばそうだったのかもしれない、と述べています。当時北氏は他殺ではないかと考えていたそうで、もし血液型が下山氏と一致していたならば記憶に強く残るのではないでしょうか。ちなみに、言うまでもなく検査は主観をまじえず厳正におこなわれたものの、当時の鑑識課はほとんど全員他殺だろうと考えていました(『下山事件全研究』p416)。

 では前回のエントリで触れた80ccの保存血液についてはどうだったのでしょう。中野氏によると、その大分あった血液を使って検査しても、MN式のところまでがやっとでQ式になるとどうしてもうまくいかなかったそうです。検査用の血清に問題があったのではないかというのが中野氏の推論です。抗Q抗体は当時は研究者各自がブタの血清から作成していましたが、中野氏によると作成するのが非常に難しく、またそれがQ型だけに作用するのか問題だったようです。おそらく毎回一定の力価の抗体を作るもの困難だったのではないでしょうか。しかし、もし抗体に問題がなかったとしてもMN型やQ型になると抗原物質が変化しやすく、体外に出てから時間が経った血液だと結果が安定しないようです。佐藤一氏は三木敏行氏(元東大法医学教室教授)の次のような記述を引用しています。「血痕のM抗原の有無の判定は中々困難で、余程はっきりした実験成績が得られない限り、判定を保留したほうが良いだろう。その他の血液型(※ABO式を除く)については、検査成績の再現性に難点があり、証拠として取り上げるのは今(※昭和42年時点のこと)のところ無理であろう」。また、最近の文献でも「血液が古くなったり、着衣に付着して血球の形態を失うと、ABO式血液型を例外にすれば型検査は困難になる」と述べられています(『個人識別 法医学の最前線から』p47)。血痕の保存に関しては、松倉豊治氏は「冷暗所におくのを原則とする。余り高温にあたると特に血液型の検査にさしつかえを生ずるからである」としています(『改訂 捜査法医学』p20)。下山事件の線路上の血痕の本格的な場所特定と採取がおこなわれたのが7月22日ですから、もし血痕が付着したのが7月5日から6日にかけてだったと仮定しても、少なくとも2週間ほど真夏の日差しと温度に晒されていたことになります。

 以上を総合して考えると、轢断現場周辺で見つかった血痕の血液型鑑定に関して結果にある程度信頼がおけるのはABO式まで、ということになるのではないでしょうか。日本人の約3分の1がA型であることや血痕は相当古いものだったという証言も併せると、血痕に特別な意味を見出す必然性はかなり弱くなるといえるでしょう。

 話は変わりますが、下山事件の血痕の血液型鑑定の方法等については、詳細が明らかになっていないのが管理者としては残念に思います。弘前事件、松山事件、財田川事件などでは裁判で血痕鑑定の結果の是非が焦点になったので、詳細な鑑定方法と結果がわかります。ちなみに現在ではMN型はMNSs型と呼ばれています。Q式血液型はその後独立した遺伝形質とは認められなくなり、現在ではP式血液型と同じだと考えられています。


【参考文献】
佐藤一著 『下山事件全研究』(時事通信社)
佐藤一著 『下山・三鷹・松川事件と日本共産党』(三一書房)
木村康著 『血痕鑑定』(中央公論社)
勾坂馨著 『個人識別 法医学の最前線から』(中央公論社)
松倉豊治著 『改訂 捜査法医学』(東京法令出版株式会社)
  1. 2008/03/17(月) |
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