下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

法医学論争(12) 死後轢断鑑定の妥当性の検討−その3 現代の法医学から見た下山事件

 今回は前回の錫谷氏(1983年)よりも更に新しい法医学者の意見を紹介します。

 1986年1月6日付けの産経新聞は、米国公文書館から入手した轢断死体の写真をもとに法医学者たちの意見を仰いでいます。錫谷氏は写真は『死の法医学』での考察が裏付けられるもので、「明らかに自殺体」とし、木村康氏および匿名の国立大教授もほぼ同様のコメントをしています。そのほかに赤石英氏、八十島信之助氏、渡辺博司氏も生体轢断と考えて矛盾はないと述べています。特に八十島氏は、下山氏の死体の背骨が粉砕されていることから「下山さんは列車にひかれたとき、立っていたということだ」という、管理者の知る限り過去の資料では一度も述べていない意見を表明していて、興味深いものがあります。『資料・下山事件』(p198-200)の八十島氏の証言(昭和24年の日本法医学会臨時評議員会)を見ると、法医学論争には極力関わりあいたくなかったのではないかという印象を管理者は受けます。当時の論争の過熱ぶりと学会における古畑氏の絶大な権力を思えば当然かもしれません(1986年1月13日付けの産経新聞でも八十島氏は、古畑氏自身が著書『法医学』で轢死体は出血等の生活反応がみられないこともあると述べているにもかかわらず、下山事件では生活反応の有無を絶対基準としていたことに疑問をもっていたが、当時は言えなかったと述べています)。産経新聞はその他の多くの法医学者にも意見を聞いたらしく、写真だけではなんともいえないが仮に生活反応がなくとも生体轢断と判断するのが自然だという意見が大勢を占めたということです。ただ一人、越永重四郎氏だけが生体轢断なら必ず生活反応があるはずで、古畑鑑定を信ずると述べています。

 では次から他のソースを見ていきましょう。

 寺沢浩一著 『日常生活の法医学』(岩波書店、2000年)は下山事件の法医学論争に言及しています。寺沢氏は錫谷氏の次々代の北大法医学教室の教授ですが、錫谷説を評し「今日の鑑定水準からみて十分に妥当」「厳密な推論によって可能な限り真実に迫ったもの」と述べています(p80-83)。

 支倉逸人著 『検死秘録・法医学者の司法解剖ファイルから』(光文社、2002年)は非常に簡単にですが次のように述べています。「一般論としては「出血が伴わなければ死後の損傷」と判定するのが原則である。一方、特殊な状況として「血圧ゼロ状態での 生前の損傷は出血を伴わない」ということが認められるようになった。 下山総裁が轢断されたときに、そのような特殊な状況だったかは確実な根拠がないが、結局、自殺の可能性が高いということで落ち着いている。」(p20-23)。

 石津日出雄・高津光洋編 『標準法医学・医事法 第6版』(医学書院、2006年)の鉄道事故損傷の部分(p172)では「頭部・体幹・四肢が轢断されていても事故現場の出血量は少なく、身体各所の損傷は生活反応に乏しく、轢断部の組織に出血が見られないことも多い。これは損傷が著しく高度で、轢断時に瞬時に死亡して血圧が低下するためと考えられる。ただし、生前の轢断では、轢断された筋肉の近位側の骨との附着部には出血が認められることが多く、生活反応と考えられている。」と書かれています。轢死体の法医学的知識体系が未熟だった昭和24年当時、古畑氏と桑島氏が「轢断された筋肉の近位側の骨との附着部」まで詳しく調べたのかは分かりませんが、現代法医学の認識では、轢死体は出血量が少なく、生活反応に乏しいことは確かなようです。「教科書に記載される」ということは、繰り返し確かめられ、現代法医学の常識となっている現象なのだと思われます。

 生体轢断を支持する意見だけを紹介するのはフェアではないので、2005年出版の上野正彦著 『「藪の中」の死体』(新潮社)を見てみましょう。上野氏の結論は死後轢断(他殺)で、その根拠は大まかにいうと以下の3点です。
(1)轢断部に生活反応がない
(2)線路に沿って下山総裁と同じAMQ型の血液が検出された
(3)上着やワイシャツに損傷や血痕がない
(※線路上の血痕については近々検討します)

 現代でも上野氏のように法医学者によっては轢断面の生活反応をかなり重要視するようです。この辺になると素人の管理者にはどちらが正しいのか判断がつきませんが、多数決を取れば上野氏は少数派になるのではないでしょうか。また、(2)と(3)については今後取り上げますが、問題があります。議論の本質とずれますが、上野正彦氏の父で元東大教授(古畑氏の後継者)の上野正吉氏が、著書『新法医学』のなかで「(轢死の場合)時に異常な形の創傷を見る。出血等の生活反応も生前轢断でも時によってはこれが乏しいか、殆んど見られず、死後轢断かどうかの判断のつきかねることもある」(『下山事件全研究』p270)と述べているのは興味深いことです。

 さて、とりあえず現代の法医学まで辿り着きましたので、法医学論争の紹介は今回で終わりです。生体轢断か死後轢断かは、皆さんのご判断に委ねます。かなり端折って紹介した部分もありますから、これで興味を持たれた方は是非一次資料にあたってみてください。

 次回からは線路とロープ小屋の血痕の検討に移ります(多分)。法医学関係のネタは論争の紹介で取りこぼしてしまった点、本質とはあまり関係ないことなどを思いついたときに追加していきます。

※「轢断された筋肉の近位側の骨との附着部における出血」については、「アンザッツ・ブルートゥング(Ansatzblutung)」「現代の法医学から見た下山事件(追加分)」をご参照ください。
  1. 2007/12/26(水) |
  2. 法医学論争
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