下山事件自殺説紹介ブログ

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「狭山事件を推理する」

 「狭山事件を推理する」さんにこのブログを紹介していただきました。狭山事件には詳しくない管理者のような人間にはめちゃくちゃ高度な内容で、法医学的考察の幅・深さも含め圧巻の一言です。うちのしょぼいブログやってて恥ずかしくなるほどです。本当に参考になります。
  1. 2007/12/17(月) |
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法医学論争(10) 死後轢断鑑定の妥当性の検討その1 佐藤一氏からの反論

 桑島鑑定への自殺説からの反論としてまず挙げられるのは『下山事件全研究』の著者、佐藤一氏のものでしょう。今回は佐藤一氏による桑島鑑定に対する批判的検証内容の概要を見てみましょう。

 桑島氏は死因をショックとしましたが、後述するようにこのショックという死因は法医学的には苦し紛れに近い推定なのです。では何故桑島氏がそういう鑑定をしたのかというと、「生体が轢断されれば必ず轢断面に生活反応が認められる」という前提を固持したからです。しかし、「法医学論争(5) 慶大中館久平教授、元名大小宮喬介教授からの批判と古畑氏の反論」および「法医学論争(6) 新日本医師協会からの批判」にもあったように、生体轢断であっても轢断面に生活反応を欠く可能性があることは昭和24年当時でも指摘されていました。ただ当時は轢死体の法医学的知見が不足していたため(ほとんど全て自殺か事故死のため現場の検案だけで解剖せずに終わる)、生活反応を欠いていたから死後轢断だ、という東大の主張を論破するだけの十分な説得力がなかったのかもしれません。

 佐藤氏はまずこの前提を批判的に検討しています。弘前大学の研究者らがおこなった動物実験では、生きていても受傷後に出血が認められないときがあり、出血が始まるまでの時間は血圧が下がるにしたがって長くなるとの結果が得られました。したがって強力な外力が体に加わった場合、循環機能の停止と受傷、轢断がほぼ同時に起き、出血が弱いかもしくは認められない可能性があるのです。また佐藤氏は東北大の赤石英教授を訪ね、人間でも同じように衝突の衝撃等で血圧が下がっている状態で轢断されれば、生体轢断でも生活反応を欠くことは十分ありうることを確かめています。ちなみに赤石氏が轢死体に興味を持ち始めたきっかけは、まったく生活反応を欠く自殺轢死体を見てからだそうです。

 佐藤氏は凝固前の血液は水には非常に弱いことも例証しています(古畑氏が実験して確かめ、雨に流されないと主張したのは凝固した後の血液で、轢断時から朝にかけて雨が降っていた下山事件に当てはまりません。『下山事件全研究』p218、224、262、『生体れき断』p192)。三重大学の研究者らがおこなった動物実験では、切創を作った直後だけでなく4〜5時間後でも5ミリの雨量に相当する水をかけることで組織内出血は消えてしまったそうです。切れ味の良くない斧で作った割創でも水量が多ければ組織内出血が消えるということが分かりました。轢断現場の雨量は0時20分前後は1ミリに満たない程度ですが、午前2時には2ミリ、午前4時には5ミリ、午前5時には13ミリもの雨が降っています(『資料・下山事件』p210)。この強い雨が轢断面の生活反応に多かれ少なかれ影響を与えたのは確かでしょう。しかし古畑氏の発言を見る限り雨の影響はないと考えていたようです。

 次に桑島鑑定において極めて重要な位置を占める睾丸出血について検討しましょう。これは既に中館氏が三鷹事件の被害者の解剖結果から、睾丸出血を生体轢断の証拠としていいのではないかという主張をしています(法医学論争(5) 慶大中館久平教授、元名大小宮喬介教授からの批判と古畑氏の反論)。この主張も昭和24年当時は新しく、また例数も少なかったことから十分な説得力をもたなかったようです。古畑氏は三鷹事件の被害者はレール上で死んだのではないので、轢死とはいえないという理由でこの反論を退けています。

 しかし昭和29年に外傷と睾丸出血との関係を体系的に検討した研究が発表されました(『死の法医学』p198-199)。それによると調べた鉄道事故死19例全てにおいて睾丸出血が認められました(下表参照。下山氏の死体も同様に下腹部と骨盤に重大な損傷があります。「法医学論争(3) 桑島直樹講師による司法解剖」)。また、昭和35年にも同様の研究が発表され(『下山事件全研究』p270-273)、やはり轢死をはじめとする外傷死で下腹部や骨盤に大きな損傷がある場合は、そのほとんどにおいて睾丸に出血があることが明らかにされました。下腹部へのダメージによって内精索動脈・静脈に圧が加わり、睾丸を含む性器周辺に出血をもたらすと考えられ、確認のためにおこなわれた動物実験の結果もこの仮説を支持するものでした。
出血

 このように後の研究によって轢死体と生活反応、および睾丸出血の関係は徐々に明らかになっていきました。しかし、当時としてはしかたないことなのかもしれませんが、東大法医は「生体が轢断されれば必ず轢断面に生活反応が認められる」という原則に最後まで忠実でした。原則を守る以上下山氏は轢断以前に死んでいたとしなければならず、また列車との衝突によるもの以外のなにかしらの死因を見つけなくてはなりません。そこで最もあり得そうなのが局所蹴り上げによるショック死だったのです。ただ、最もあり得そうとは言っても局所蹴り上げによるショック死という例はほとんど皆無に近く、桑島氏も「次は死因でありますが、下山さんの場合はこれであると確実なものをあげることは遺憾ながら出来ないのであります。一番可能性のあるのは、私はショックであろうと見ております。」「(ショック死では)器質的変化というものはほとんど出てこないわけです。そのためにショックであるという証明は大変むずかしいわけでして…」(『資料・下山事件』p235、240)と自らの死因判断の弱さを認めています。『死の法医学』の著者、錫谷徹氏も「ショックに特有な、死体所見がないので、解剖所見だけからショックという死因判断は下せない。あくまで推定にとどまる。…(中略)…つまり、法医学の立場からいえばショックは死因概念としてまだ熟していないのである。」(p106)。『標準法医学・医事法』にも「(ショックは)臨床的概念であるので、死体検案や解剖のみで確定診断することは困難である」と書いてあります(p138)。

 佐藤氏はまた、陰嚢に皮下出血も表皮剥離も起こさずに睾丸に出血をもたらすような鈍力は考えにくいのではないかと主張しています。睾丸出血を引き起こすような強烈な鈍力が、睾丸よりも外界に近い陰嚢の表皮や血管になんらかのダメージを与えないはずがないのではないか、ということです。左右の手背部、左右の下肢、両方の眼瞼や結膜といった睾丸以外の場所の生活反応についても、あまりに左右対称すぎる点、皮膚の深い部分に出血があるにもかかわらず表皮に異常がない点を指摘、そして轢死体に同様の皮下出血や溢血点が認められる例が多くあることを法医学の文献から引用し、下山氏の体に認められた生活反応を生前受けた暴行によるものと考えるのは無理があるとしています。

 以上をまとめると佐藤氏は、(1)生体轢断であっても生活反応が認められない場合がしばしばある、(2)もし下山氏の死体の轢断面に生活反応があったとしても、豪雨で流された可能性が十分にあったためそれを理由に死後轢断とは言い切れない、(3)睾丸など各所の出血や溢血点は轢死体にしばしば認められる、という理由で強引に生前の暴行を仮定したりショックという死因を持ち出したりせずとも、生体轢断だと考えればすべてのことが無理なく説明できると主張しています。特に(1)は東大鑑定の土台である「生活反応を欠く轢死体はない」という当時の常識が、後の法医学の進歩によって塗り替えられているという点で意義深いのではないかと管理者は思います。

 次回は佐藤氏とは部分的に重複しつつも異なる説明をしている錫谷徹氏の生体轢断説を紹介します。




【参考文献】
佐藤一著 『下山事件全研究』(時事通信社)
錫谷徹著 『死の法医学 下山事件再考』(北海道大学図書刊行会)
下山事件研究会編 『資料・下山事件』(みすず書房)
石津日出雄・高津光洋編 『標準法医学・医事法 第6版』(医学書院) 

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