下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

東武鉄道優待パス

 下山氏の失踪当日の午後1時45分頃、東武線五反野駅の改札に下山氏らしき人物が現れ、駅員に「このあたりに旅館はありませんか?」と尋ねています(『下山事件全研究』p68、71、75、174)。このとき、下山氏ならば持っていたはずの東武鉄道の優待パスを使わず、切符を渡したのは不自然だという他殺説、替え玉説からの指摘があります(『下山事件 最後の証言(増補完全版)』p130)。

 しかし、『生体れき断』の著者、平正一氏は、人員整理に着手し始めたばかりで注目されている下山氏が「運輸省下山定則殿」と明記してあるパスを果たして使用するだろうかと述べています。また、改札口だけでなく、電車内でも検札がおこなわれる可能性も少なくなかったのです(『生体れき断』p88)。

 同じく下山氏らしき人物は末広旅館で宿帳への記帳を拒否していますが、替え玉が筆跡を残さないためにそうしたのだ、という解釈があります。しかしやはりこれも、職務を放棄して場末の宿まで来て、頭の隅に自殺を意識しているような状態のときに、著名人である自分の名前を記帳してくれと言われて素直にそうする人はいるのかと考えると疑問です。

 五反野駅の改札でパスを使わなかったことや旅館で記帳を断ったことは、他殺説を支持する事実としていろいろな文献で紹介されていますが、自殺説でも合理的な説明が可能なため、自他殺の判断材料にはならないのではないでしょうか。
  1. 2008/04/10(木) |
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血抜きと他殺説

 「法医学論争(9) ショック死説と失血死説」で紹介したように、下山氏が血を抜かれて死んだ可能性は低く、鑑定書作成者の桑島氏も「血を抜いたような傷は皮膚表面のどこにもなく」、「肺臓には血液が多かった」と述べ、失血死説(血抜きによる殺害)を否定しています。ではこの桑島氏の鑑定結果がどう記述されているか、主要な他殺説の文献を見てみましょう。


松本清張著 『日本の黒い霧(文庫版)』 p15-17
・絞殺、毒殺、銃殺、外傷による出血などはみとめられない
・体は5つに離断されていた(胴体、首頭部、右腕、両足首)
・頭部は粉砕、顔の表皮だけが剥ぎ取られたようになっている
・脳は3分の1程しか残っていない
・肋骨は押しつぶされたように折れている
・心臓には孔があき、肋骨の間から外部に飛び出している
・三百数十箇所の疵がある
・轢断面には生活反応がない
・薬物は検出されなかった
・死体に血液が少ない


矢田喜美雄著 『謀殺 下山事件(文庫版)』 p32-35、110、123
・体は5つに離断されていた(胴体、首頭部、右腕、両足首)
・顔面が頭部から離段
・脳が頭蓋骨から脱離
・胴体は脚部を伴っていない
・内臓に欠損
・骨盤が粉砕
・死斑がない
・死体にはほとんど血液が残存していない
・全身に380箇所の傷
・顔の表皮に20箇所の傷
・生活反応のある傷とない傷に分かれた
・圧倒的に多かったのは生活反応のない傷
・全ての離断面には生活反応がない
・全身の擦過傷には生活反応がない
・両手足の皮下出血(生活反応)
・睾丸と陰茎の出血(生活反応)
・眼瞼の皮下出血(生活反応)
・内臓の粘膜出血(生活反応)
・胃は空
・血液型はA型
・死亡推定時刻は5日夜
・薬物は検出されず
・歯がバラバラに抜けている
・胸部は肋骨が押しつぶされたように折れている
・心臓が右胸部に転位して孔があいている
・腹部は破裂し内臓が外に出ている
・死因は睾丸への外力によるショック死
・死後轢断である


斉藤茂男著 『夢追い人よ』 p14-15
・頭部、左肩、左下腿、右足関節の4つにバラバラになっている
・生活反応を示している損傷がある(数十箇所、全て打撲)
・生活反応を示していない損傷がある(三百数十箇所、全て切り傷)
・死後轢断
・死因不明


柴田哲孝著 『下山事件 最後の証言(増補完全版)』 p100-102
・血液型はAMQ型
・体重は66キログラム
・体は5つに離断されていた(胴体、首頭部、右腕、両足首)
・胸腹部の内臓に大きな欠損あり
・骨盤が粉砕
・顔面が頭部から離段
・脳が頭蓋骨から脱離
・死体にはほとんど血液が残存していない
・心臓には孔が開いており、やはり血液がない
・全ての離断面には生活反応がない
・全身に380箇所の傷
・生活反応のある傷とない傷に分かれる
・両手足の皮下出血(生活反応)
・睾丸と陰茎の出血(生活反応)
・眼瞼の皮下出血(生活反応)
・内臓の粘膜出血(生活反応)
・死因は不明


諸永裕司著 『葬られた夏(文庫版)』 p45、132
・バラバラの死体があった
・腰から下がねじれて首はない
・遺体に残された血が極端に少なかった
・380箇所の疵があったが、睾丸や両手足の皮下出血を除けば生体反応はほとんどなかった


森達也著 『シモヤマ・ケース(文庫版)』 p52-54、74
・体は5つに離断されていた
・体重は66キログラム
・全身に380箇所の傷
・生活反応のある傷とない傷に分かれる
・両手足の皮下出血(生活反応)
・睾丸と陰茎の出血(生活反応)
・眼瞼の皮下出血(生活反応)
・内臓の粘膜出血(生活反応)
・死体にはほとんど血液が残存していない


 『夢追い人よ』と『葬られた夏』は取材ノートという感じなので、解剖所見をごく簡単に紹介しているだけなのはまあいいのかなと思います。しかし、『夢追い人よ』の「頭部、左肩、左下腿、右足関節の4つにバラバラになっている」という記述は、明らかに間違いでしょう。また、『葬られた夏』の「つまり、下山が列車に轢かれた時点ですでに体内の血が大半なくなっていたということは、ほぼ定説といってもいい(p132)」という記述も同意できません。

 他は『日本の黒い霧』、『謀殺 下山事件』、『下山事件 最後の証言』、『シモヤマ・ケース』ですが、これらの文献はどれも桑島氏の解剖所見に基づいた失血死説への否定的意見、および肺臓に血液が多かった事実に触れていません。『謀殺 下山事件』と『下山事件 最後の証言』はその他の所見は相当詳しく記述しているにもかかわらずです。特に東大法医学教室に出入りしていた矢田氏が桑島氏の意見を知らぬはずはありません。これらの文献に共通しているのは、下山氏が血を抜かれて殺されたと推理しているという点です。
  1. 2008/03/05(水) |
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総裁の死体を運んだ男S

 下山氏の死体を運んだというSの話は下山事件に興味のある方なら誰でもご存知でしょう(矢田喜美雄著 『謀殺 下山事件(文庫版)』(新風舎)p403-412)。生暖かく柔らかい死体を運んだ話は生々しくリアリティがありますが、矢田氏は「私がどのようにして彼を知り、話をきいたのか、そのいきさつを語ることができないのが残念である」と述べており、Sと矢田氏の関係はほとんど知ることができません。

 しかし、1977年(昭和57年)出版の『語りつぐ昭和史』(朝日新聞社)には、矢田氏自らがある程度詳しく経緯を話しています(p199-205)。『謀殺 下山事件』と内容が重複する部分もありますが紹介します。

 矢田氏はSのことは事件の2年後に布施検事から聞いていたとのことです。事件後北海道にいたSは東京に戻ってきて時効までじっと静かに生活し、そして結婚することになりました。次に意味がちょっと取りにくいのですが、「幸いに、事件を追っていた警視庁の早稲田大学出の刑事さんの協力で、私はSの結婚話を知って、仲人になってもらったのです」とあります(刑事にS夫婦の仲人になってもらったという意味でしょうか?)。Sは戦時中に硫黄島で憲兵を撃ち殺した前歴があり、終戦後も盗み等をやっていたようですが、結婚後は犯罪とは縁を切ったようです。結婚生活が始まった頃、矢田氏は「正体を現し」、経済的に苦しいというS家の家計を支えるため、毎月3万円渡すかわりに「下山事件の情報交換をSに要求し」ました。3万をもらいにSは毎月新聞社に現れ、その際に必ず情報を提供したそうです。このような関係は昭和48年まで7年続いたということですから、満7年だとすると当時で計252万円ものお金を渡したことになるのでしょうか。ちなみに、昭和42年の大卒初任給は26,200円、昭和48年が57,000円くらいだったようです。

 細かい記述は『謀殺 下山事件』とやや食い違う箇所があります。例えば、『謀殺』では「Sの談話は昭和四十五年夏までに十回以上話し合った」とありますが、『語りつぐ昭和史』では、「こうして、Sの情報は何冊かの厚いノートとなりました。昭和四十八年秋のことです」とあります。また、7年間毎月情報を提供していたなら「十回以上」程度では済まないはずです。

 いずれにせよ、総裁の死体を運んだ男Sは情報提供の見返りとしてかなりの金額を得ていたのです。
  1. 2007/12/22(土) |
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