下山事件自殺説紹介ブログ

他殺説に比べ情報が手に入りにくい自殺説の紹介をします。

自殺に否定的な証言

 下山氏が失踪前に精神的にかなり疲弊し動揺していたことを示す証言は数多くあり、それらは既に紹介してきました。ですが、都合のいい情報ばかりを取り上げるという行為は嫌いなので、今回は正反対の証言を。

 まずは官房長官の増田氏ですが、失踪前日の7月4日に下山氏と会ったときには、言語動作など全然普段と変わるところはなかった、と述べています(『下山事件全研究』p166-167)。とはいえ、このとき下山氏は「1時から会議がある」と嘘を言って早々に帰ってしまっていることは確かです。また、この後国鉄本社に戻ったときも部下に「首相に会ってきた」と嘘をついています(『資料・下山事件』p434)。

 国鉄副総裁加賀山氏も失踪前日の下山氏の行動は不自然ではなく、時間をもてあました結果の暇つぶしであって、当時の態度も毅然としていたと述べています(『下山事件全研究』p168-169)。職員局長牛島辰弥氏も加賀山氏とほぼ同様の証言をしています(『資料・下山事件』p433-434)。

 下山氏とは大学時代からの友人で、国鉄の工作局長の島秀雄氏は、「個人的、家庭的悩みを聞いていない」、「7月4日の夜に会ったときも変わった様子はなかった」、「自殺なら遺書くらい残すはず」という理由で自殺には否定的です(昭和24年7月7日付、朝日新聞)。ただ、家庭的悩み、特に金銭的な悩みは下山氏は周りの人間に洩らしていたという情報もあります。

 下山夫人は失踪直後の僅かな期間を除いて自殺を否定していることは既に述べましたが(下山夫人の証言)、子供(息子が4人いますが具体的に誰かは分かりません)は最初から自殺を否定していたようです(『資料・下山事件』p441-442)。下山氏の弟のT氏は、失踪の2週間前に下山氏に会ったときの態度は特にどうということもなかったと述べています。また、T氏は他殺だと考えていて、その理由として解剖で胃の内容物がほとんどなかったというのは胃酸過多の下山氏にしては不自然であること、好きな機関車に飛び込んで自殺するのは考えにくいことを挙げています。ただ、T氏も下山氏が人員整理で相当悩んでいたことは認めています(『資料・下山事件』p567-578)。

 上記のうち、増田氏、加賀山氏、職員局長は以前のエントリで述べたような政治的な意図が相当証言に影響しているのではないかと思われます。多くの証言から当時の下山氏の様子がおかしかったのはほとんど確かで、副総裁の加賀山氏がそれに気づかないばかりか、「態度も毅然としていた」と述べるあたりは、やはり事件の政治的利用を考えてのことと見るのが自然な気がします。なお、牛島辰弥氏が局長を務めていた職員局は下山氏と対立していたという説もあります(『資料・下山事件』p575)。
  1. 2008/04/13(日) |
  2. 下山氏の精神状態
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自殺念慮

 今回は下山氏自身の自殺を仄めかす言動について見ていきたいと思います。

 失踪前の昭和24年6月27日、東京鉄道局長時代の秘書を務めていた女性が東京の下山邸を訪れています。以前よりやつれて元気のない下山氏を気遣う女性に下山氏は「苦労するので白髪も増えた」、「首を切られるのは可哀そうでならん」、「毎日あっちこっちからせめられるので困るよ。俺が整理されたほうがよい」と話しています。そのとき下山夫人は、「(下山氏は)毎晩神経が尖って眠れないので薬を飲んで寝ます」、「毎日顔を見ないうちは心配でならない」と話しており、下山氏の不眠や精神的疲労がかなり深刻であり、夫人も相当不安を感じていたことがうかがわれます。後日、元秘書の女性はその日の下山氏の様子を「元気がなく別人のようだった、人と会うのを嫌っていた」と述べています(『資料・下山事件』p462-463、466、『真実を追う』p231、『生体れき断』p205-206)。下山氏の「俺が整理されたほうがよい」という言葉に自殺の前触れのようなものを感じるのは考えすぎでしょうか。

 しかし、下山氏が知人にはっきりと自殺の意を漏らしていたという事実もあります。日本医事新報という医学雑誌(昭和24年8月9日号)に、自殺念慮の強い初老期鬱病のケースが報告されています。この患者は運輸会社の社長で事件直前にも下山氏と親しくしていたそうですが、その頃の下山氏は彼に自殺の意を漏らしていたのだそうです。彼は当時の下山氏の状態が自分の鬱病の症状と全く同じだったと述べています。自殺説を支持する事実として失踪直前の奇行などはよく知られていますが、下山氏自ら自殺を仄めかしていたという重要な事実は見落されがちです(『下山事件全研究』p614-615)。
  1. 2008/04/05(土) |
  2. 下山氏の精神状態
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下山夫人の証言

 下山氏の精神状態を最もよく理解していると思われる夫人の証言ですが、時間の推移にしたがって内容は変化しています。まず失踪直後から見てみましょう。

 吉展ちゃん事件で有名な名刑事、平塚八兵衛氏が下山氏失踪直後に夫人の証言をとっています。そのときは「高木子爵(自殺して当時話題になっていた)のようになるのではないか」、「ひょっとしたら、自殺じゃないかしら。自殺しなければいいんですが…」、「うちの主人は非常にもだえ(苦悩)していたのはたしかです。それでわたしはそういうふう(自殺する)に心配してるんですよ」と述べています(『刑事一代』p217-218、『下山事件全研究』p10、595、『資料・下山事件』p442、『真実を追う』p21、24、『生体れき断』p229)。しかし、その後一両日してから警察が訪ねたときには、「主人は自殺ではありません」と態度を一変させています(『資料・下山事件』p442、『生体れき断』p230)。平成元年7月21日付の毎日新聞は、当時大学生で下山氏と家族ぐるみの付き合いをしていた男性の証言を掲載しています。その男性によると、失踪直前、下山氏は彼に「つくづくイヤになっちゃった。疲れたよ」と話していたそうです。また、6日午後に下山夫人と会った際には「ウチのお父さん、自殺したのよ。息子が今、現場に死体を確認しに行っているけれど、このことは息子にも一切黙っててね」と言われています。このエピソードは「ニッポンリポート」でより詳しく知ることができます。

 こうして見てみると、夫人は失踪直後の非常に短い期間は自殺の可能性を口にしていますが(失踪当日などは、下山邸にやって来た刑事に「そんなこというもんじゃない」と言われるほどでした)、その後自殺に否定的な発言をしていることが分かります。しかし、これも極めて短い期間のみの話で、その後は最後までずっと沈黙を守り続けました。なお、下山家では下山氏の法要を7月5日(自殺ならば6日)におこなっています(『夢追い人よ』p16-17)。
  1. 2008/04/04(金) |
  2. 下山氏の精神状態
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下山氏の職場での立場

 技術畑出身者が東京鉄道局長にまで登りつめることは異例で、昭和21年3月に昇格した下山氏もそのポストを最後の椅子だと考えていたようです。事実、その頃鉄道から退く意志があったようで、国鉄の先輩等に就職先の斡旋を頼んだりしています(『資料・下山事件』p453、『生体れき断』p207-208)。しかし、下山氏はついに最後まで鉄道から離れることはできませんでした。

 昭和23年4月に伊能繁次郎運輸次官が汚職問題で退陣すると、下山氏は東京鉄道局長から昇進しその後釜に座らされることになりました。技術畑出身で本省局長の経験もない彼が二階級特進で次官に昇格するとは誰も予想しなかったことだといいます。順当にいけばこのポストには加賀山氏がおさまるものと見られていましたが、加賀山氏は伊能氏と同じ派閥に属していたことや、元次官の佐藤栄作氏も加賀山氏の昇格には難色を示したこともあり実現しませんでした。以前から辞めたがっていた下山氏ですが、次官時代もやはり「運輸省には鉄道、海運の両総局長がいて、実権は両者に握られている。次官は浮き上がっている存在だし、部内には種々の内紛もあるので早く辞めてしまいたい」と国鉄の先輩に漏らしていました(『生体れき断』p209)。運輸次官というポストは閑職であったらしく、暇なうえに国鉄の状況に関する情報がまったく入らず、下山氏は相当不満だったようです(『下山事件全研究』p609、『下山総裁の追憶』p289-291、300-303)。また、当時の運輸省には「堀木閥」という勢力がありましたが(中心の堀木鎌三氏は昭和21に鉄道総局長を最後に運輸省を去り、鉄道弘済会の理事長に。その後参院当選2回、厚生大臣も勤める)、技術系の下山氏とその周辺の人たちは堀木閥にとっては面白くない存在だったようで、彼らとの間に摩擦もあったものと思われます。ちなみに加賀山氏は堀木閥の最右翼でした(『生体れき断』p208-209)。この時期、知人には「役人生活はつくづく嫌になったがやめさせてくれないから」と漏らしており、下山氏の退陣の意思は更に強まったものと思われます(『資料・下山事件』p356、452、457、468、473、477、483)。

 ところがまたもや自らの思惑とは関係なく、今度は初代国鉄総裁、しかも大量首切りという辛い任務を伴った大変な役がまわってきます。当初は財界の有力者を引き抜いて総裁にすえる予定でしたが、結局誰も引き受けようとはせず、国鉄の加賀山氏も人員整理の貧乏くじを引くことはない、早まるべきではないと周囲から進言されてとどまったようです。人選が行き詰まり困り果てた大屋晋三運輸大臣は、国鉄発足わずか一週間前になって下山氏に白羽の矢をたてました。国鉄から離れたがっていた下山氏ですが、困り果てた大屋氏の立場を察し、やむなく引き受けた総裁の椅子でした(『資料・下山事件』p434、458、461、465、468、471、481)。次官は辞めるつもりだ、二階に上げられてハシゴをはずされた、と知人に話をした数日後のことです(『生体れき断』p211)。

 『下山事件全研究』の著者、佐藤一氏は、下山氏が運輸次官時代に加賀山氏らとともに国鉄発足のための機構、人的配置の立案などに参加していればその後の状況は違っていたかもしれないと述べています(『下山事件全研究』p611)。しかしながら次官時代にはただ外から眺める立場にあり、人とのつながりを持たなかった下山氏は総裁就任後、堀木閥の加賀山体制のなかで孤立していったものと思われます。下山氏が技術系と事務系の関係に悩んでいた節があること、一日も早く苦境から逃れ参院選に出ることのみを頼みにしてようやく生きることに耐えていたようだったと当時の知人は語っています(『資料・下山事件』p472、『生体れき断』p216)。

 平正一氏は、国鉄内部で有力な派閥に属さず孤立気味であったこと、共産党に狙われる恐怖、大量首切りに伴う良心の呵責などが下山氏をじわじわと追い詰め、そして7月4日の国鉄内部での打ち合わせが下山氏の心に決定的な打撃を与え、その後の不可解な行動(「失踪前の下山氏の行動」)につながったのではないかと考えています。7月4日午前中の会議で、第一次整理発表後の労組からの抗議が予想されたため、国鉄幹部は下山氏に国鉄本社からの退出を促しました。下山氏はテーブルを叩いて「ぼくは外には出ない、徹夜してもここで頑張るんだ」と拒否しましたが、各局長は最終的には彼を退出させています(表現の問題で、実際のニュアンスは分かりませんが、『資料・下山事件』p460によると職員局長は下山氏に「あんたは外に出ていてもらえばよい」と言ったようです)。局長たちには下山氏を疎外しているつもりはなかったかもしれませんが、激しながら拒否した下山氏の意に反してまで退出させた意図は理解しがたいものがありますし、部下一同にそういう対応をされた下山氏の心境はどうだったのでしょう(『生体れき断』p218-219)。

 以上、東京鉄道局長時代からの下山氏の職場での立場を見てきましたが、退陣の意思や派閥の問題からくる懊悩は国鉄総裁に就任してから始まったものではなく、前回のエントリで触れた経済問題とともに下山氏の心に長い間暗い影を落としていたと考えてよいと思います。

 ちなみに、国鉄労働組合本社支部書記長によると、下山氏失踪後の7月5日から6日朝にかけての国鉄本社局長会議室で局長たちは自殺を示唆していたということです。総裁失踪後、国鉄内部が混乱を極めていたので、当局側に気づかれずに局長会議室の様子を知ることが出来たようです。この情報をもとに労組は早くも6日早朝に「下山総裁は自殺」という壁新聞を国鉄本社玄関に貼りだしましたが、あまりに時期が早かったため疑惑の目で見られたというエピソードもあります(『下山事件全研究』p30、595)。
  1. 2008/04/03(木) |
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下山家の経済的な困窮

 この話題もやはりおなじみかもしれませんが、とりあえず。

 下山夫人の実家は裕福で、そこから援助を受けながら下山家は女中を二人雇ってかなり豪奢な生活をしていた時期もあったようです。しかし終戦の年になって夫人の実家が戦災にあい、その後夫人の父親が病没すると今度は逆に母親を扶養しなければならない状況になってしまいました。大学在学中の長男と次男、高校の三男、中学の四男の4人の子供も養わなければならず、豊かな生活から一転、毎月約1万円の赤字が出るようになり(昭和24年の大卒の銀行初任給は3000円とのこと)、運輸次官、国鉄総裁という高い地位に似合わず、株、衣類、じゅうたんなどを売りながらの苦しい生活だったようです。実際知人には生活が苦しいと漏らしていました(『資料・下山事件』p483)。待遇のいい私鉄への転職や参議院選出馬を考えていたのもこの経済状況が大きく関係していると思われます(『下山事件全研究』p170、610、『生体れき断』p203-204)。

 センセーショナルに報道されて様々な憶測が飛びかった下山事件の結論が自殺で、その原因のひとつが経済的困窮だったかもしれない、というのはあまりにも地味すぎて満足する人はいないかもしれませんが、事実は単純である可能性も十分にあるのではないかと思ったりもします。
  1. 2008/04/02(水) |
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